雑多な日記的自分矯正ブログ

堕落していく生活が、少しでもよくなってくれることを期待して始めました。

一行分の空白。

友達に聞きたいことがあり、LINEでいくつか質問をした。


ありがたいことに、投げかけた質問1つ1つ丁寧に答えてくれた。

最初は、1つの質問ごとに送信して、相手も1つの質問ごとに返信してくれていたのだけれど、

だんだんと、質問ごとに一行分空けた上で、全部ひとかたまりにして、送り合う形に、自然となった。


一行分の空白って、便利だな、と改めて感じた。

行間を読む、なんて表現があるけど、

義務教育の賜物なのか、

空白の行=話の転換点、という行間の読み方を、いつの間にか多くの人の間で共有されていてる。


毎回「話変わって」みたいな接続コトバを入れれば、一行空けなくたって、仕組み上は問題ないし、文章上できちんと説明しているほうが、丁寧、とも言えるのかもしれないけど。

やっぱり窮屈。

全部伝えようとすると、どこかで「うるさいな」という思いにさせてしまうのでしょうね。

「こちらにも想像させろ!」という欲求、だったりして。


文章を書く、ということを覚えたてのころに、「でも」とか、「あと」とか、「話変わって」のようなコトバをたくさん書いていた

のは、

まだ、この技術を覚えていなかったからなんでしょうかね。