雑多な日記的自分矯正ブログ

堕落していく生活が、少しでもよくなってくれることを期待して始めました。

大人。

最寄駅から出ているバスは、夜11時以降になると、深夜料金になる。

値段は、2倍以上。

200円が、500円近くとられる。

平常料金に慣れていると、ものすごく損した気分になる(批判をしているわけではないし、しょうがないと思ってる)。


だから、10時台最終のバスに乗るか、11時台のバスになってしまうかで、大きく違う。

まあ、僕は自転車だから、あまり関係ないのだけども。


今日ちょうど、10時58分くらいにバス停のロータリーを通ったら、後ろから一生懸命走ってくるおじさんがいた。

重たい荷物と重たそうな身体を揺らして。


でも、10メートルと迫ったところで、おじさんが乗りたがったバスは、扉を閉めて、動き出してしまった。


運転手はそのおじさんが見えていたんではないかと思う。

進行方向から来てたし。

バスの運転手が時刻に忠実であることは、何にも間違っていないし、多分、その人も、少しは時間をオーバーして待ってあげていて、そのおかげで何人かそのバスに乗れたひともいると思う。

バスの運転手が走ってくるひとを待ってあげているところは、よく見る。


ただ、もうさすがに、出発しなければ支障が出る時間になってしまっていた、だけだと思う。


バスに乗れなかった、そのぽっちゃり目のおじさんは、すごく残念そうな顔をした。


でも、憤りを見せたり、物に当たったり、舌打ちしたりすることはなかった。


「待っててくれてもいいのになあ。」とは、思っていたんじゃなかろうか。

でも、すべてを受け入れて、「ダメだったかあ。」というような顔で、荷物を置いて、11時台の最初のバスを待ちはじめた。


その姿は、すごくカッコよかったよ、おじさん。

「しょうがない」ですべてを片付けた、懐の深さを感じた気がしましたよ。

こんな夜遅くの帰宅になっても。


バスの運転手も、このおじさんも。

どちらも、大人だったなあ。